板井圭介 いたいけいすけ 八百長告発暴露力士 会見 大鳴戸親方 その後 現在 - 大相撲 八百長

板井圭介 いたいけいすけ 八百長告発暴露力士 会見 大鳴戸親方 その後 現在

板井圭介いたいけいすけ)とは、元力士(小結)で大相撲八百長告発者としては、最も有名な人物です。

板井圭介の現役力士時代の画像
板井圭介 いたいけいすけ

板井圭介は1956年生まれで大分県臼杵市出身・所属は大鳴戸部屋で、初入幕は1978年、1991年引退。一時期しこ名を親方の現役時代と同じ「高鐵山(こうてつやま)」にしていました。

板井圭介八百長の関わりを告発したのは、最初はなんと親方である大鳴戸親方からでした。大鳴戸親方は部屋を廃業していたのですが、弟子である板井が、「板井は現役時代に千代の富士グループの八百長工作の仲介役中盆:なかぼん)だった」と証言。これに対して板井圭介は沈黙を守っていましたが、その後大鳴戸親方(と後援会会長の二人)は謎の不審死をとげます。

実際、板井は現役時代に千代の富士に全敗しており、また千代の富士の最後の白星対戦相手が板井だったのです。


しかし板井はその後新興宗教GLAに入会し、八百長の真実を明かすことは自分の使命と考えるようになります。

そして2000年の1月に、板井圭介外国特派員協会会見で、あの史上最もハデで大々的な八百長暴露に至ったわけです。会見の中で板井圭介は横綱・曙以下20数名の八百長力士の実名をあげています。
また記者から「板井さん、八百長の証拠はありますか?」と聞かれ「私自身が証拠です!」と名言を吐いていました。また板井は「全力士の80パーセントは八百長に手を染めていた」とも。

外国特派員協会八百長暴露する板井圭介
外国特派員協会 八百長暴露 板井圭介

そしてその板井圭介が現役時代の自身の八百長暴露した「懺悔本」。


中盆(なかぼん)」とは八百長の仲介役のことで、今回の八百長メール事件では恵那司がこの「中盆」にあたるとみられます。

しかし板井圭介の現役時代の評判はあまりよくないですね。引退後の年寄襲名が日本相撲協会から却下されたのも、現役時代の土俵上での振る舞いの悪さ、成績の悪さ、八百長への加担が疑われていたから、など諸説あります。

見ようによっては日本相撲協会に少なからず恨みがあるから、八百長暴露に至ったかも、とも思えます。

ちなみに板井圭介その後ですが…
廃業後一時、東京江戸川区内で相撲料理の店を経営していましたが、それも廃業し、現在ガラス工をしているらしいです…
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